今日は、「国際戦略コラム」との縁についてです。
私が、自分の考えをブログで述べるようになったのは、2007年の4月からですけれども、大元は、2000年にかの「国際戦略コラム」を読んで、いつか、こんなコラムを書いて、国際戦略コラムに乗せられることができたらいいな、と思ったのが切っ掛けです。これは既に0708の日記で述べました。
日比野庵で、ぼつぼつと記事を書き始めて、ある程度記事が集まってきたとき、思い切って「国際戦略コラム」に投稿してみたのですね。もちろん、かねてからの憧れのサイトでもありましたし、私の考えと近い論調だったので、掲載していただけるのではないか、という少しの期待もありました。
とはいえ、「国際戦略コラム」は、あれほどレベルの高いサイトですから、投稿したはいいものの、果たして掲載していただけるのかどうかドキドキしていたのですね。
ですから、初めて掲載していただいたときはやっぱり嬉しかったですね。7年越しの夢が叶った瞬間でした。思わず、国際戦略コラムのFさん(国際戦略コラムの主催者で管理人、本名は津田慶治さん)にお礼のメールを出してしまいました。折り返しのメールで、Fさんから「日比野さんの原稿はレベルが高い」と、いって下さったこともまた嬉しかったです。2007年5月のことです。
それでも、当時は、コラム1本を書くのは大変だったのです。尤も、コラムといっても、ブログのシリーズエントリーを一本に纏めたものを送っていたのですけれども、シリーズエントリーを定期的に書き続けるということ自体、当時の私にとっては、とんでもなく労力を要するものでしたから。
「国際戦略コラム」に初投稿をしたあたりから、私は次の目標を設定しました。まぁ、目標といっても大したことはないのですけれども、それは「国際戦略コラム」の忘年会や新年会に参加する、というものでした。
「国際戦略コラム」には、時々、仲間で集まって飲み会したよ、という記事がアップされるのですけれども、それを読んで、無性に行きたいなぁと思ったのですね。それで、どうすればいいかと考えた挙句、「国際戦略コラム」に定期的に自分のコラムを投稿して、名前を覚えて貰って、あわよくば、飲み会にお声を掛けていただけないかと考えたのですね。
今にして思えば、直接メールで飲み会に参加したいです、とストレートにお願いすれば、良かったように思いますけれども、当時はそんなことは、ちっとも思いつきませんでした。
ところが、この計画には大きな問題がありました。それは、そもそも私が「国際戦略コラム」に定期的に投稿できるのだろうか、という問題でした。(笑)
もう、今からみれば、笑い話なのですけれども、当時は、「国際戦略コラム」に覚えていただくためには、月一本くらいのペースで細く長く投稿したほうがいいのだろうか、それとも、短い文章でいいから、短期間に集中的に投稿したほうがいいだろうかとか、いやいや、そもそも何本も書くなんて無理だろうから、単発でインパクトのある記事を出したほうがいいんじゃないかとか、そんなことを考えていたんですね。
ですから、当時の私は「国際戦略コラム」に原稿を電子メールで送信するたびに、次の原稿は書けるだろうか、もう、これっきりになるんじゃないか、といった不安で一杯だったのです。(笑)
ところが、ブログを始めるときに決めた「毎日更新する」という掟は、ここでも恐ろしい威力を発揮しました。ええ、原稿の元記事だけは、毎日毎日、どんどん積み上がっていくのです。なので、それらを再編集したり、ちょっと補足追加したりすることで、あら出来ちゃった、という感じで原稿が作れてしまったんですね。
そんなこんなで、気づいたら、ほぼ毎週一本のペースで2年間投稿を続けていました。(爆)
・・・なんて小さなことで悩んでいたんだろう。(笑)
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