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         日比野庵・メルマガ版 No.0030 2009.08.04
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こんにちは。日比野です。


■ 認識力について(4) 

今週は事象を立体的に見るということについて書いてみたいと思います。物事を
立体的に見るとはどういうことでしょうか?

複眼思考という言葉があります。物事をひとつの眼ではなく、複数の眼で捉える
ということです。

様々な事象を色々な角度で捉えるということで豊かで柔軟な発想を得ようという
思考法ではありますが、ひとつ注意すべき点があります。

それは、俗に世にいう複眼思考とは、単に別々の視点で見るというニュアンスが
強く、視点に高さ方向があるという観点が少ないのではないか、ということです

視点の高さ方向とは何かというと、高次な見方ということです。弁証法でいう止
揚ですね。

いくら複眼思考で色々な見方ができたとしても、それらを止揚する、全体として
束ねることができなければ、定見のない考えとなり、自分と違う考えの人を理解
することは出来ても、その人を説得したり、糾合する力とは成りえません。

ですから、ある事象について複眼思考で見る時には、個別バラバラに見える事象
を止揚する、統一するという立場を含めることが非常に大切になってきます。そ
うして、始めて3次元的見方をすることが可能になるのです。

では、止揚する立場に立つためには、どうすればよいのでしょうか。

そのためには、事象の原因を追求する立場である「なぜそうなのか」から離れる
必要があります。「これこれは、これが原因でそうなっているのだ」ではなくて
、「なにゆえにそれがそうであるのか。」という立場で事象を見る必要があると
思っています。

ひとつひとつの見方は、多かれ少なかれ、確かにその事象の性質の一部を捉えて
はいます。しかしながらそれらは、やはり性質であって、表面上に見えるものに
しか過ぎません。

それらを統一・止揚するためには、その性質が何処から生まれてきて、何のため
にそうであるのか。「なぜそうなのか」ではなく、「なにゆえにそうであるのか
」という視点が必要不可欠なのです。

例として、子供に「雨はどうして降るの?」と聞かれたとしましょう。このとき
、「水分が蒸発して雲になって、やがて雨になるんだよ」と答えるのと、幼い子
供に言い聞かせるときのように神様を持ち出して、「生き物が喉が渇いたら可哀
想だから、神様が降らしているんだよ」と答えるのと、どちらが「なにゆえに」
に答えていることになるでしょうか。

幼い子供は、おそらくは、雨が何故降るのかの答えは、「水分が蒸発して云々…」
よりは「神様が降らせている」という答えにより納得するはずです。

「なぜそうなのか」はプロセスですが、「なにゆえに」は目的です。物事は目的
があり、それを実現するためのプロセスがあるわけですから、「なぜそうなのか
」よりも「なにゆえにそうであるのか」のほうがより事象の本質に迫っているわ
けです。この「なにゆえに」こそが、Z軸視点で事象を見る鍵となるのです。

今週は少々長くなってしまいました。認識力についての話は、これで一旦筆を置
き、次週は少し別の話題にしたいと思います。

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